そこにはお酒が並んでいなかった。 ショーウィンドウに瓶は飾ってあるけれど、建物の中は閉ざされたまま。人影も見えない。 とても何かを売っているようなお店とは思えなかった。 その場所はお気に入りだった近くの公園からも目に入った。レンガの煙突。 風雨に晒された木張りの壁。漂う湯気。 そんな子供の頃の記憶を、辿ってみるのも悪くはない。 たとえば急に見通しがよくなった更地。 そこに何があったか…。 失った街の景色は意外と思い出せないものだ。それは空気みたいなものだから。 記憶の中の場所がそうなっていてもおなしくはなかった。 あったはずの公園は跡形もなかった。それすらも気づけていなかった。 ただ、もしかするとそれは、震災の影響なのかもしれない。近所のお寺は綺麗になっていたから。 その一方でお酒が並んでいない酒屋さん、 "酒蔵"は思い出と同じ場所にちゃんと建っていた。 あのレンガの煙突は記憶と同じく、青空に向かって伸びていた。 たとえば旅酒。 そのはじまりは地元の酒蔵から。 記憶の中から。
【地酒コラム】はじまりは地元の酒蔵から
2021/03/18